タワー話。

2011年2月 6日 (日)

今のタワーができるまで。第4話『やっちゃった。』

ちょっと時間が経っちゃいましたな。
申し訳ない。

さて、ようやく美大に入学したタワーになる前のタワー。
入学が決まって最初に思ったことは…

『しばらく絵を描きたくないなぁ…』

だった…

………うん、親が聞いたら泣くね。(^_^;)

四年間必死で絵を描いて、絵のことばかり考えて、でもそれは受験に受かるための絵のことで…
で、いざ受験に受かったらその先のことがなにも浮かばなかった。
予備校の講師には『受験がゴールじゃないからな。その先を設定しないとだめだぞ。』と言われていたのに。
でも受験でいっぱいいっぱいの耳には入ってこなかった。
さらにはもはや“漫画家”という目標もどっかに行っていた。
で、その次に考えたのが

『せっかく美大に入ったんだから学生生活を謳歌したい。』

だった。

…おいっ!オマエあんだけ硬派硬派ゆうといて、その考え方軟派やないか!(笑)
所詮若造なんてそんなもんなんか!?(涙)

そんなこんなで、学生といえばサークル活動!と思いフラフラといくつか見て回る。
主には格闘技系サークル。
そのころにはタワーはすっかりプロレスの熱狂的なファンだった。
プロレスラーになりたい!とまでは言わないけれど、ちょっと近づきたいと思った(笑)
全日本の四天王プロレスに夢中だった。
スタン・ハンセンがアイドルだった。
今は鈴木みのるがアイドルだ。

でもね、なめてました。
美大の格闘技系サークルなんてなんちゃってでしょ?ってどこかで思ってた。
でも覗いたらどこもボコボコにやりあってた。
ものごっつい痛そう。
むしろ美大に来てまでやってるんだから意気込みが違う。
というわけで次の日にはその選択肢は消えていた…

いよいよ持ってやりたいことが見つからない。
絵にも興味を失いかけてる。
どうする?
なにする?

そんなときです、予備校から一緒だったS子さんに声かけられたのは。

『わだっち暇なら演劇サークル入らない?』

続く。

豆知識。
はちクロの舞台は武蔵美なんだよ。

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2011年1月 3日 (月)

今のタワーができるまで。第3話『女子。』

明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!

さて、続いちゃいましたね、この話。
タイトルは『すき』…ではなく『じょし』。

さてさて、いよいよ美大目指して予備校に通い始めたタワー。
そこに思わぬ障害があった。
それは…………女の子。
話せなかったんすよ、女の子とまともに。
というかどう接していいかわかんない。
男子校だったから。
中高6年間も。
その間に接した女性はオカンにばあちゃんに妹に購買部のおばちゃんぐらい。
先生も男だったし。
あ、保険の先生がいたな。
……でも…おばちゃんだったし…
一番多感な時期にそれだけ同性のみの環境に慣れてしまうと、もはや女の子が外国の人のように思えてくる。
その分色々な妄想や迷信も育っていったけど(笑)
この時期、通学の電車で寝過ごしそうになって近くの女子高の人に起こしてもらったことがあったが、緊張のあまり『ありがとう』の一言が言えず『あ、あ、…』としか言えなかったのを今でも覚えている。

でもって予備校。
美大系の予備校は女の子が多い。(美大もだけど)
だいたい7割は女子。
今なら楽しいだろうが、当時は戦々恐々の日々。
自分がうまく話せないもんだからうまく話せる男友達のそばをあまり離れないようにしていた。
しかも気が強いんだ、美大目指すような女子らは…
…怖かったなぁ(笑)
そんなある日、ついにあの課題が来ちゃった。
ヌードデッサン。
もちろん女性ですわ。
もうね、ただでさえ免疫がないのに目の前にそんなんが出てきちゃうと緊張しまくりのあがりまくりでまともに見ることすらできない。
ただひたすら時間は過ぎ、出来上がった絵もこの世の人ではないようなものが…
講師に言われたね。
『ワダの描いた女とは死んでも付き合いたくない』って。
ショックだったなぁ…

結局予備校には高1の冬から約4年間も通ったけど、良いリハビリ期間だった。
最後の方は日常会話ぐらい話せるようになったから。
ヌードもなんとか描けるようになった。(むしろ後半は嬉々として描いた)

まぁ、絵が下手くそだったから2浪もしたんだけど、あれぐらいなかったら果たして大学でまともに女の子と話せたかどうか…
まぁ、大学入ってからも無駄に色々ドキドキしてたけど…(汗)

でも予備校時代が人生で最もストイックに絵のことを考えていたなぁ。
今は……どうかしら?(^_^;)

まぁ、とにかく2浪して武蔵野美術大学に入学!
この年まで全く箸にも棒にもかからなかったのが、多摩美大と武蔵美に受かった!
(当時の東京の美大のトップ5が東京芸大、多摩美大、武蔵美、東京造形大に女子美だった!)
で、硬派なイメージの武蔵美にした!
…やはり硬派なイメージには弱いタワー青年だった。

さて、入学が決まった瞬間、タワーの心に飛来した気持ちは…?


続く。

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2010年12月21日 (火)

今のタワーができるまで。第2話『あっさりと。』

なんとなくタイトルをつけてみた。
しかも二回目から(笑)

さて、前回の続き。


正直恐る恐る美大に行きたいと言ったのだが、実にあっさりと周りに認められ、後には退けなくなった高校生タワー。
オカンに至っては『美術の先生になればえーがな♪』とむしろ後押ししてくれた。(結局ならなかったけど…m(_ _)m)
ならば本格的に目指そうと、まずはどの分野を専攻するかと考えた。

『…………油絵だな。』

なんとなくそう思った。
理由は、『芸術=油絵』というイメージがあったから。
なんか硬派なイメージすらするじゃないか?
しかも画力が半端なく上がりそうだし。

だか、もし今の自分がその場にいたら真っ先にこう言っただろう。
ちょっと待て、と。
漫画家目指すならデザイン科とかじゃないのか?と。
確かに画力はつくけど諸々考えた上での油絵なのか?と。
…いや、違った。
美大に行く、となった時点でもうすでに頭の中が『どうやって美大に合格するか?』でいっぱいいっぱいになり、漫画家のことは片隅に避けられていたのだ。
目先のことにとらわれてすぐいっぱいいっぱいになるのは昔からそうだった。
もちろん今もだ。
…うん。
話を戻そう。
そんなこんなで美術の予備校に通い初めて美大受験に備え始めたタワーはそこで第一の関門に直面した!

…またもや続く。

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2010年12月10日 (金)

きっかけ。

きっかけ。
キン肉マン。
確か小学1年生の時にコミックスで読んだのが最初かな?
その当時の子供達はみんなそうであったように、タワー少年もどっぷりとキン肉マンにハマり、キン消しをバケツ一杯に集め、キン肉マンゴッコに興じ、キン肉ドライバーを友達にかけて鼻血を流させ、新しい必殺技を考えては友達にかけて泣かせ、夕飯を牛丼にするように親にせがみ、キン肉マンの落書きを年がら年中書き、やがてマンガ家になりたいと思うようになった。
その想いは高校生になっても密かに変わらず、進路相談の時にマンガ家になりたいと言おうかと思っていた。
けれど当時ちゃんとマンガを描いたこともなく、また絶対に反対されると思ったタワー青年は、とりあえず『美大にいきたい』と先生や家族に告げるのだった。

……続く?

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2010年7月26日 (月)

改名。

いきなりだけど改名します。
姓名判断のできる友達に聞いたら今の名前は宜しくない!という話になり思いきって改名することに。
新しい名前は…

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!

ジャン!

『ワダ タワー』!!

わーっ!!!(歓声)

…え?変わってない?
よく見て、よく見て!
『・』がないでしょ?(笑)
これがあるとないとじゃ運勢が大違いなんだって。
友達に調べてもらったところ、ないとすごく幸運に恵まれるけど、あるとけちなくせに変なとこで浪費家(-.-;)になるとのこと。
思い当たるフシが無きにしもあらず。(^_^;)
いかんよ!それじゃ!
取る!取る!黒丸!

ということでこれからメキメキ頭角を現す役者(?)、ワダ タワーをよろしくお願いしますm(_ _)m

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